出初式の由来
出初式の起源は、遠く江戸時代、万治二年 (1659年)1月4日に、時の老中、稲葉伊予守正則が定火消(じょうびけし)四組を率いて上野東照宮に集結し、気勢をあげたことが由来とされています。
この行動が出初(でぞめ)と呼ばれ、2年前の明暦3年(1657年)に、当時の江戸の大半が焼失し、死者10万人ともいわれている明暦の大火後の復興作業に苦しんでいた江戸の人々に対し、大きな希望と信頼を与えました。
以降、毎年1月4日に上野東照宮で定火消(じょうびけし)による「出初」が行われるようになり、次第に儀式化され全国での恒例行事として受け継がれています。
この明暦の大火の後、幕府は様々な都市防災を考案し、享保3年(1718年)に南町奉行 大岡越前守忠相が、町人のための本格的な消防組織「町火 消(まちびけし)」を立ち上げました。時代劇で有名な「いろは48組」など、江戸には64組の町火消(まちびけし)ができました。
ちなみに、「まとい」は誰よりも早くついて、火事場に近い家の屋根で振り回して、消火にあたっていることを町の人達に知らせているものです。
日時:令和8年1月5日(月)10:00~12:00
場所:周南緑地公園内「ゼオンアリーナ周南」
内容:
1.式典(10時~11時)
2.屋外行事(11時15分~12時)